小沢健二
2010-05-25 01:38 | ライブ, 日記 | コメントをする »小沢健二をよく聴いていたのは95、96年の頃で、埼玉の実家から厚木にあった学校まで片道3時間かけて通っていた。
新宿まで埼京線、乗り換えて小田急線の急行。
藤沢方面に乗ってしまった時は相模大野で乗り換えないといけなかった。
だから未だに荒川や多摩川や相模川を越えながら、満員電車の中で聴いていたことが一緒になって出てくる。
その頃は「戦場のボーイズ・ライフ」とか「さよならなんて云えないよ」とかが立て続けに発売されていて、まだ現役だったカセット式のウォークマンで毎日毎日悶々としながら聴いていた。
大学生がポケットベルからPHSや携帯電話に持ち替えだした頃の話。
そこから15年後にライブを観る、と。
華やで夢のような楽曲や楽しげでポジティブな歌詞を聞きながら、
小田急線のこと、今日のことは文章に残そうと、考えていました。
そういう気持ちになったライブでした。
サニーデイ・サービスと8年4ヶ月ぶりの再会
2009-04-05 02:48 | ライブ, 日記, 音楽 | 2 コメント »ついにこの日が来ました。
僕が愛して止まない、サニーデイ・サービスの復活ライブ@東京
柄じゃないけど、愛して止まないって、本当。
96年、大学2年の時に「恋におちたら」って曲がすごくいい!って2ndアルバムの「東京」を勧められて、近所のTSUTAYAに借りに行ったんだけど、裏ジャケットの3人組みがなかなか冴えなくて、大丈夫か?と思ったこととか
初めてライブに行った97年7月日比谷野音の日のこととか
好き過ぎて作ったホームページが放置されてるけど今もあって、エンジニアとしての原点が確実にそこにあることとか
初めて一人暮らしをした年の夏、1回150円のコインランドリーで毎週24時を聴いてたこととか
強行スケジュールで京都のライブに行ったけど、お金も泊まるところもなくて一晩中鴨川沿いを歩いてたこととか
解散ライブの後にすごい酒を飲んで歩けなくなって、友達におぶって連れて帰ってもらったこととか
全部鮮明に覚えてる。
楽しいのと切ないの、全部の感情が固まって置いてある感じ。
この青臭い塊が僕にとってのサニーデイ・サービスです。
お花見客でごった返す上野恩賜公園野外ステージで、ウォッチング・ザ・スカイ 2009。
歌と花見の野外音楽フェスティバルらしく、満開の桜の中、
ジェシー・ハリス、キセル、おおはた雄一、Port of Notes、サニーデイ・サービス
と、豪華なメンバーでのライブでした。
サニーデイは3番目で、スタートは14時55分。
大歓声の中、サポートメンバーなしの3人だけのライブが始まりました。
みんな待ってたんだなぁ。
1曲目「花咲くころ(1996年)」
シングル盤のB面でありながら、ライブではよく演奏されていた、まさにこの季節の曲。
2曲目「恋はいつも(1999年)」
メロウな曲なのに、イントロが口笛から入るのでわかりやすく、歓声が沸き起こりました。
3曲目「恋におちたら(1995年)」
「東京で、晴れたらやろうと思っていた曲です。」とベースの田中さんに向ってさっと手を出すと、名曲のベースが!
ぞわっとした。
4曲目「星をみたかい?(1997年)」
「夜の曲ですけど」という紹介で。
5曲目「若者たち(1995年)」
1stアルバムの曲。いろんなアレンジで演奏され続けている名曲。「若さをもてあそび、ずっと泣いていた」
6曲目「恋人たちは(新曲)」
7曲目「Somewhere in My Heart(新曲)」
8曲目「そしてぼくはうたをうたう(新曲)」
9曲目「ふたつのハート(新曲)」
新曲です。4曲も!
中には曽我部恵一バンドで演奏している曲もあるようですが、
サニーデイ・アレンジを是非CDで聴きたい。
10曲目「コーヒーと恋愛(1995年)」
カズー担当の晴茂くんがカズーの吹き方を忘れて音がでないというアクシデントもありながら、この曲の持つアットホームな感じが見れて、あーサニーデイ・サービスだって思いました。
ライブ中、確か2回、自分たちのことを曽我部さんが「サニーデイ・サービスです。」って言ったんです。
それが、たまらなかった。
しかもサニーデイの演奏中だけ、花曇りだった空が青空になったりして、ついてる感じ。
3人だけのライブは97年以来のようで、21世紀だしね、とも。
お互いの近況をブログで確認しているって話になって、田中さんのラーメン食べすぎの件が話題になっていました。
ドラムの晴茂くんとベースの田中さんは年を重ねた昔の丸山晴茂と田中貴、
曽我部さんだけ結婚・子育て、レコード会社設立、ソロ活動、曽我部恵一BANDなどを経た年を重ねた今の曽我部恵一で、歌い方とか佇まいとか昔のサニーデイとは違っていて、1曲目の「花咲くころ」ですぐに「これは昔のサニーデイじゃない」って思ったけど、曲を聴いているうちにそんなことはどうでもよくなりました。
20代だった3人が37・38歳、24歳だった僕が32歳ですから、桜の咲く季節に、東京で、あの時代を共有しながら観られることが奇跡的過ぎだからです。
やっぱりサニーデイ・サービスが大好きでした。
関連リンク
2009-04-04 – 曽我部恵一 LIVE BLOG
最速ライブレポート – サニーデイ・サービス @ 上野 水上音楽堂
追記
ジャケット写真、関連リンク、田中さんのラーメン食べすぎの件(2009-04-05 22:19)
グッドラックヘイワ
2009-04-05 00:48 | ライブ, 写真, 日記 | コメントをする »金曜の夜、ライブに行ってきました。
平日夜にライブ行くとか、何年ぶりかなぁ。一年ぶりか。
ギャラクティック7周年祭@渋谷 duo MUSIC EXCHANGE
渋谷duoってどこだろ・・・って思ったら、ON AIR EASTだった。O EAST→duo?
おじさんには通じないから、(元ON AIR EAST)って入れてほしい。
c.c.レモンホールとか言われても通じないし、っていうか認めてないし。
開演19時にはさすがに間に合わず、20分遅れで入ったら目当てのグッドラックヘイワが始まってて、昔だったら焦ったり損した気持ちになったのに、平日にビール飲みながらライブ観られる楽しさ、温まっている会場に入ったときの気持ちよさの方が勝って、大人になったもんだなぁーって、思った。
そんな感じになったのも、この日のグッドラックヘイワの演奏がすごく良かったからで、
グッドラックはキーボード(とシンセ)とドラム(と口笛)の2人だけでという、変則なインストバンドで、
大人数のビックバンドと比べると華やかさとか音の厚みとか、激しいノリとかはない分、
2人にとってはプレイヤーは相方しかいないから、お互いの音に集中して演奏していて、bonobosの蔡君が言ってたけど、ちょっと感動すら覚えるプレイでした。
2人の音がシンプルに混ざって、まっすぐ届く感じっていうのか、いいライブ観たー。
興味のあるかたはiTunesで → Patchwork / グッドラックヘイワ
そのあとのbonobosもリードギターが抜けてから初めてのライブでしたけども、あいからわず熱くて楽しいライブでした。
サポートでギターを弾いていたのがHicksvilleの木暮さんだった。
Hicksville以外でしか見ない、Hicksvilleの木暮さん。
ライブ後は夜の桜を見ながら、緑道を渋谷から下北沢まで歩いて帰りました。
鶴瓶
2008-04-21 00:29 | ライブ, 日記 | 2 コメント »今日は世田谷パブリックシアターで「鶴瓶噺2008」を観てきました。
最初落語をやるのかなぁーっていう気持ちでいたんですが、フリートーク2時間の独り舞台でした。
途中、「わたくし落語」というフリートークを落語の枠にはめたものを1席やっていて、簡単に言うとドラマの「タイガー&ドラゴン」みたいな感じ(あくまでイメージ)ですかね。
タイガー&ドラゴンは古典落語に現代のドラマをかぶせる話でしたけども、わたくし落語は鶴瓶の持ちネタトークを、話し言葉で何役もの人たちを演じながら話を進めていくスタイルで、オチも伏線張って伏線張って、最後に一言、ドーン!みたいな落語的な落とし方で、なるほどなーと関心してしまいました。もしかしたら知らないだけで、古典落語の何かの話に通じるものがあるんですかね。
フリートークは延々とどこまでも話せそうな勢いで、面白かったです。中居君の話が多かったかな?
朝まで生鶴瓶やってるくらいですからねー。いやー、すごい。ようしゃべる。
会場にはナインティナインの岡村や森三中の黒沢が観にきていて、今日以外でも豪華な関係者が連日来ていたみたいです。
最後に、ある界隈ではボーダー好き、というかボーダー狂で通っていますが、今日は成れの果てをお見せします。
気がついたらボーダー×ボーダー×ボーダーだよ!